自分が老害になっていると自覚したお話/何歳からでもみんな老害

コラム・独り言

お疲れ様です。アッキーです。

 

猫って究極の自己中な生き物ですよね。

それがたまらんのですよ。かわいい。

 

今回は僕が「あ、俺って老害やん」って思った出来事があったから書いていく。

 

Twitterや2chまとめ見てると「なんだこの老害w」「こんなやついるんかよw」「俺はなるわけない」って思ってた。

 

思ってた。

 

思ってたんです。

 

ただ人間、一定の経験をすると自分の中で価値観が固定されるみたい(=老害化の促進)。

 

「いやいや俺は老害じゃないしw」って思ってる人ほど胸に手を当てて読んでほしい。

 

 

結論「周囲に流されないのは大人」「自分の都合で周囲を無視するのは老害」

 

ありがたいことに今年の5月で僕は30歳になった。

 

この30歳というのは微妙なラインでベテランでもないし新人でもない。社会全体でみると中途半端な立ち位置だ。

 

鏡を見て映るのは、そんなに若くはないけど大人でもないちょっとおっさんの自分だ。

 

中途半端に社会経験を積んでいるせいで下手に自己形成が済んでおり、変なところで頑固柔軟だったりする。

 

自分に「価値観固まってんな」と感じたことは多々あるが、中でも顕著なのは「空気を読んでどうするか」だ。

 

職場で先輩にとある指摘をした際に「俺は気にしてないからいいんだよ」と笑顔で言われた。僕はドン引きしたし反省もした。

 

実は僕も後輩の指摘に対して発言した記憶があった。

 

他人のふりみて我がふり直せ

 

先輩の発言にドン引きした僕がいるように、僕の発言にドン引きする後輩もそのうち出てくるだろう。

そうならないためにも今後どう振舞っていくべきかを今回でガッツリ反省していきたいと思う。

 

社会人は空気を読んでも無意味な時がある

学生時代では「空気を読んでうやむやにする」ことができた。

しかし大人になると「空気を読んでも無視する」場面と多々遭遇する。

 

例えば

・機嫌が明らかに悪い上司に書類の審査を依頼する。

大人数の会議中に資料のミスを見つけ、指摘をせざるを得ない。

・今夜予定がある先輩に先輩のミスを指摘する

など。

 

言い出し辛い空気 <<< 仕事/作業の期限

という価値観がある。

 

これは営利企業なら当然だし、そこに業務を従事する者としてはあたりまえだ。

 

そういう経験をしていると「空気を読んでも無視をする」という業務遂行の為に自己中心的な行動をとるのが当たり前になってくる。

 

社会人になれば嫌でも経験する。

 

この経験を何度も繰り返していくことで社会人は業務に支障がでるのなら空気を読んでも無視をするということを覚えていくし、その価値観が固着する。

 

老害は自分の為に空気を読まない

こうして社会人として生活していると「あえて空気を読んでも無視する」という価値観が固着する。

 

それ自体は問題ない。時には業務の為に空気を読まないというのは社会人として求められる能力だ。

 

それに対して老害は

・俺が正しいと思ってるからやった。

・俺は別に気にならないから問題ない。

など、周りがドン引きしていようが関係ない。

理由は常に俺は大丈夫、自分中心の考え方になっている。

 

僕が思うに、老害は自分の為に空気を読まない人間だと思う。

 

これはあえて空気を読まないという社会人の経験即の中で「何故に空気を読まないか」の何故の部分を忘れてしまい、「空気を読まない」だけが固着してしまったのではないか。

 

結果として自分が楽をしたい時に「俺は大人だから空気を読まない」と言い訳をする悲しきモンスターがこの世に量産されている。

 

老害にならないために

僕は職場の先輩の発言にドン引きして、それを深堀したことで自分が老害化していることに気づけた。

 

しかし僕がその先輩に対して指摘する気はないし、する人もいないだろう。

 

ということを考えると自分の老害化は自分で防ぐしかないのだ。

 

ありていに言ってしまえば「俺は俺は」という自己中心的な考え方が老害化の入門なのかもしれない。

 

なので僕は「どういった理由で」自己中心的になるかをこれからも考えて立ち振る舞っていこうと思う。

 

老害単語帳に載っていそうな「俺は気にしてない」「俺は大丈夫」という言葉。

 

こんなのはヒロインを庇って怪我した時にカッコつけていうくらいでちょうどいい。つまり一生言うことはないということだ。

 

ぜひ皆も気を付けてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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